2017年11月30日

清風 2017年11月

 清風 2017年11月

宗教を救済としてのみ見るのは、人間の自己肯定である。
 根源的意味でのエゴイズムである。
 それを破って人間をして深い根源に呼びさます自覚こそが、
 宗教の本質といわれるものである。

    安田理深(1900~1982)
      兵庫県生まれ。宗教哲学者。真宗大谷派僧侶。
      青年時代に金子大榮師の著作に触れて親鸞の思想に目覚め、大谷大学に入学。
      私塾・相応学舎を主宰。生涯、無位無官を貫く。
      『安田理深選集』全15巻、別巻4巻、補巻(全22冊)文栄堂発行。
      『安田理深講義集』全6巻 大法輪閣刊(OD版)


 新聞に80歳男性(妻73歳)からの相談が載っていました。
(朝日新聞2017年9月26日 be面P10「悩みのるつぼ」)
 要約しますと…、
 定年(60歳)退職後、夫は週3日働き、外国人への日本語教室のボランティアを週4回しています。
しかし、その夫の行為を、どうも妻は認めてくれません。妻は遊びほうけていて、ボランティア活動の手助けで、たまに送迎を依頼しても拒絶されてしまう始末。その妻の言い分は「一銭にもならないボランティア活動への手助けなんてまっぴらゴメン」「仕事を辞めて子ども4人を育てました。それで十分でしょう」と。
 そこで夫は、「妻に、せめてもう少し私の方を見て、私の生き甲斐に協力させる方法はありませんでしょうか」と、相談を寄せたのです。

 ここからは、小生の見方です。
 夫はボランティア活動に生き甲斐を見出して立派なことを行っているのに、妻が理解してくれないというわけです。
妻にも言い分はありますよね。「私は仕事を辞めて子どもを4人育てました。
今は私のやりたいことをやっている、あなたはあなたのやりたいことをやっている。何の不満があるのですか?」と。
 しかし夫の方はおそらく、大義は自分にあると思っている、その自分の判断に自分自身が悩まされているのですね。               

 この夫婦の場合、夫の立場からは「夫は被害者・妻は加害者」というわけです。
しかし妻の立場からは「夫を私の生き甲斐に協力させる方法はありませんでしょうか」となるに違いないでしょうね。
 すべてはご縁として、実に豊かな内容を含んでおり、「頂きもの」以外の何ものでもないのです。
ですから「悩む」というのは、すでに与えられている事実に「感謝する」どころか「当たり前」としか思えない私であることに気付け、という私の「深い根元からの呼びかけ」だったのです。
(「当たり前」… 家族も私の身も、全てを私の道具と位置づけること)

 さて、11月11日(土)・12日(日)と、守綱寺の報恩講です。
ぜひ時間を作って本堂でのお勤めに参加し(本堂は椅子席です。勤行本の用意もあります)、法話をお聞きください。
 報恩講は親鸞聖人のご法事です。みなさんの家で一周忌・三回忌などを勤める意味は、この報恩講の「恩」という言葉に表現されています。
 「恩」は「恵み」という意味です。
つまり法事は「恵みに報いる」…これまで頂いてきた、そしてこれから頂いていく「恵み」をあらためて確かめさせてもらう儀式なのです。「恵み」を言い換えれば「お与え」ということです。
 この身の事実・恵みに気づけば、人生は「孤独」とか「孤立した生」ということは本来あり得ないことなのです。水木しげるさん(漫画家・代表作『ゲゲゲの鬼太郎』)が「あなたにとって、幸せとは何ですか」と問われて「呼吸のできることです」と答えられたと聞き、これこそが「深い根元からの応答」だと思わせられたことでした。
呼吸こそが、幸せも不幸すらも成り立たせておってくれているのですから。そして言うまでもなく、意識して呼吸をしているわけではありません。これこそが「恵み」の事実でしょう。
 人間が2人寄れば地獄を作ると言います。
「その張本人がここにいるわい」という目覚めをいただく場、それが報恩講であり、年回法要もまたそうした場なのです。

 私(夫)は80歳になって、ボランティア活動ができる丈夫な体に恵まれてきた。そして妻も丈夫でいてくれる。
いわば幸福のど真ん中にいながら、私(夫)にはそれが分からない。まさに不幸のど真ん中でしかないと。
 「その張本人がここにいるわい」と気づけるか、否か。
(これは書き手の私も同じです。)

 新聞の「身の上相談欄」から、小生の受け止めを書かせてもらって教えられました。
「唯、念仏の教え」を、親鸞聖人はなぜ「易行難信」と受けとめられたのかを。
救済が単なるエゴの満足なら、救済はすぐまた「当たり前」となるだけのこと。
それなら、流転(迷い、今までの延長)でしかないのですから。

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Posted by 守綱寺 at 20:00│Comments(0)清風
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