2021年04月01日

清風 2021年4月

清風 2021年4月

一生とは
無いものねだりの歳月か
得ればすぐ慣れ 無くて欲しがる
朝日歌壇より

此の短歌を詠まれて、思い当たる人もあるのではないだろうか。
いや、ひょっとすると、そんなに深く考えたことがないだけで、現代の政界および経済界からは、こういう人こそが望まれているのではないだろうか。
無いもの(新しい商品)が次々と開発され、テレビで紹介され、話題を提供し、食指が動き、消費者が買い物に来てくれれば売り上げも増え、我が国の経済成長率にも貢献してくれるだろうから、と。

目下我が国では、テレビ等の報道機関はコロナ、コロナで持ちきりである。
コロナ禍の下、不要・不急の外出、並びに、特に多人数での飲食・親睦会等を行うことは自粛するよう要請されており、飲食業界・商店街は売れ行きが思わしくなく、どこも今ではコロナの沈静化、ワクチンの接種が待たれている。
つまり、消費者としての国民の存在が活発化する状況待ちであるということか。

消費者としての国民・市民の生活が戻ることが願われている。
それが政界・経済界共通の主たる関心事となっている。
そのためには、とにかく外出できるような環境づくりが待望されていると言える。
コロナ禍の外出を自粛することと、消費者として財布を緩めてもらうという二律背反的な行動を同時に行うという行動様式が消費者に望まれている。
国民は、今や一人二役を期待されている。

二役を同時に演じていくことは、大変なことである。少し考えてみても、現代とは、前にも紹介した夏目漱石がその作品『行人』で、
「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まることを知らない科学は、かつて我々に止まることを許してくれたことがない。
徒歩から俥(くるま)、俥から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、どこまで行っても休ませてくれない。
どこまで伴(つ)れて行かれるか分からない。実に恐ろしい。」
と主人公に言わせているように、どうやら人間には過酷な時代であるらしい。

今や我々は、足を止めて考えてみなければならない地点に立っているのではなかろうか。

「私は自分を幸福にしてくれると予想され、しかもそれに到達した瞬間、巧みに私をはぐらかすような目的を追っているのではなかろうか。
すなわち現代人は自分の欲することを知っているというまぼろしのもとに生きているが、実際には欲すると予想されるものを欲しているにすぎないというのが真実」ではないかと。
「このことを認めるためには、人が本当に何を欲しているかを知るのは多くの人の考えるほどに容易ではないこと、それは人間が誰でも解決しなければならないもっとも困難な問題の一つであることを理解することが必要である。」と。(下線は引用者による)
『自由からの逃走』P278(E・フロム著 東京創元社刊)

ここで、今回巻頭にあげた言葉に再度注目して欲しい。
「得ればすぐ慣れ、無くて欲しがる」。
フロムの言葉に返せば、「すなわち現代人は自分の欲することを知っているというまぼろしのもとに生きているが、実際には欲すると予想されるものを欲しているにすぎないというのが真実」ではないのかと。
さらにフロムは念を押す。
「このことを認めるためには、人が本当に何を欲しているかを知るのは多くの人の考えるほどに容易ではないこと、それは人間が誰でも解決しなければならないもっとも困難な問題の一つであることを理解することが必要である。」と。

ここで、「当たり前」という日常生活で我々が使っている言葉に注目したい。
私は2016年の春の選抜高校野球大会の選手宣誓の言葉を思い起こす。

「当たり前にある日常の有り難さを胸に 僕たちはグラウンドに立ちます」

「当たり前にある日常」が「有り難い」、というのである。ここに「人が本当に欲している」ことが内示されているように思うのだが。
(この項 続く)


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Posted by 守綱寺 at 11:09│Comments(0)清風
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