お寺友達から、『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(しんめいP著。鎌田東二監修。サンクチュアリ出版)という本を紹介されました。著者のしんめいPさんのプロフィール、「東大を卒業して大手IT企業に就職するも、仕事が出来なくて退職。鹿児島県にある島に移住して教育事業をするも、人間関係が上手くいかず退職。一発逆転を狙って芸人としてR-1グランプリ優勝を目指すも、一回戦敗退。結婚、離婚を経て無職になり、実家で引きこもっていたとき、東洋哲学に出会う」という部分を読んだだけで(何それ!気になる!)と思いましたが、ブッダから始まり、インドから中国、日本と伝わってきた仏教界の著名な方とその思想を紹介する「哲学エッセイ」は、軽く面白く分かりやすく、浄土真宗の教えを開かれた親鸞聖人については次のように紹介されています(前半部分のみ一部抜粋)。
「仏教の哲学は、インド→中国→日本に伝わった。そして、日本で破壊的な進化を遂げたのだ。どれくらい破壊的に変化したか?クラシック音楽がヒップホップになるくらい。ブッダもびっくり超進化なのだ。親鸞を紹介する。800年くらい前の、平安の人だ。クラシック仏教をヒップホップにしてしまった人物である。どういうことか?仏教にはたくさんの「宗派」がある。「空」という目的地を目指すうえで、色んな交通手段がある。この交通手段の違いが「宗派」と思って貰えば良い。親鸞は「浄土真宗」を作った。浄土真宗では、どうやって「空」の境地に行くのか?徒歩か?電車か?飛行機か?実は、そんなレベルじゃない。「空」の方がこっちに来る。逆にね。いや、そんなことある?親鸞の哲学は、最高にとがっているのだ。」・・・「実は、親鸞はエリートだった。そもそも、当時、お坊さんはエリートなのだ。・・・天皇も仏教を守っていた。権力もすごかった。親鸞は、そんな仏教界の頂点、「比叡山」にいた。・・・しかし、親鸞にはたえられないことがあった。当時の比叡山は腐っていたのだ。・・・比叡山は、政治権力と完全にべったりだった。お坊さんたちが、金とポストの争いにあけくれていた。誰も真面目に仏教をやっていない。そして、比叡山の外では人々が地獄のように苦しんでいた。親鸞のいた平安末期の京都は、日本の歴史上最悪の時代である。なんと、戦争、感染症、大飢餓、大地震、大火事、みんな起きた。この世の地獄のフルコースである。」「親鸞は悩んだ。まさにこの世の地獄で人々が苦しんでいる。でも、自分はエリートでぬくぬく生きている。仏教って、人を救うためにあるんじゃないのか?親鸞は純粋だったので、この矛盾にたえられなかった。そして決断した。比叡山を下りる。エリート街道を捨てて、まちで、仏教の力で人々を救うんや。」・・・「親鸞は、比叡山で20年間めちゃくちゃ勉強して、めちゃくちゃ修行していた。自分なら、人のために出来ることはあるはず、と思っていた。しかし、現実は甘くなかった。・・・とにかくみんなメシが欲しい。座禅や瞑想なんて「意識高い系」過ぎて、受け入れられるはずが無かった。親鸞は、自分の無力さに絶望した。・・・悩みに悩んだ絶望の先に、希望の光を見出した。仏教をひっくり返すような大逆転の哲学にたどりつく。それが「他力」の哲学なのだ。」
昔日本史の教科書で習って一覧表にして必死に憶えた「宗派・・・浄土真宗。開祖・・・親鸞。主要著書・・・教行信証。中心寺院・・・本願寺」よりは、ぐっと身近に感じられる気がします。