2024年10月23日

清風 2024年9月


和をもって 尊しとなす

十七条憲法 第一条より(聖徳太子制定)     
憲法第九条は日本の戦争責任告白です。

 歴史小説家の司馬遼太郎は、昭和20(1945)年当時、関東平野を守るべく栃木県佐野の戦車第1連隊に所属していました。そこで大本営から来た少佐参謀の言葉に驚愕します。
 連隊のある将校が、この人に質問した。
 「われわれの連隊は、敵が上陸すると同時に南下して敵を水際で撃滅する任務を持っているが、しかし、敵上陸とともに、東京都の避難民が荷車に家財を積んで北上してくるであろうから、当然、街道の交通混雑が予想される。こういう場合、我が80両の中戦車は、戦場到着までに立ち往生してしまう。どうすればよいか。」
 高級な戦術論ではなく、ごく常識的な質問である。だから大本営少佐参謀もごく当たり前な表情で答えた。
 「轢き殺してゆく。」
        『歴史の中の日本』中公文庫 1994年刊 P311~312
 こうした体験から、司馬遼太郎は別の随筆で次のように論評しています。
 戦争遂行という至上目的もしくは至高思想が全面に出てくると、むしろ日本人を殺すということが、論理的に正しくなるのである。(中略)沖縄戦において県民が軍隊に虐殺されたというのも、よく言われているように、あれが沖縄における特殊状況だったと、どうにも思えないのである。
        『歴史と視点 ― 私の雑記帖』新潮文庫 1980年刊 P90
 自衛官出身の軍事専門家、潮 匡人さんは
 軍隊は何を守るのかと言い換えるなら、その答えは国民の生命・財産ではありません。それを守るのは警察や消防の仕事であって、軍隊の「本来任務」ではないのです。
     『常識としての軍事学』中公新書ラクレ 2005年 P188

 こうした軍事専門家の発言は現実を踏まえた道理であり、虚偽を並べ立てる政治家よりもよほど信頼できるものと考えられます。

 かつてドイツのメルケル首相は、日本訪問の折、当時首相であった安倍首相と対談し、「日本はアジアに友人がいますか」と問われたそうです。その発言には次のような背景があります。
 ドイツは敗戦後、隣国フランス・ポーランドと友好関係を深める努力をしてきたことを説明されました。ナチスによるユダヤ人虐殺などをめぐって、ヴァイツゼッカー大統領は第2次世界大戦敗戦40周年にあたりドイツ連邦議会で演説を行い(1984年5月8日)、
 問題は過去を克服することではありません。左様なことができるわけではありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。
『荒れ野の40年』岩波ブックレット№55 1986年2月20日 岩波書店刊
と述べています。ドイツは敗戦の日・5月8日にフランスとポーランドへ、大統領並びに首相が慰霊に訪れているのです。
 日本は第2次大戦で、アジアの国々に攻め入ってたくさんの軍人・市民を殺戮しているにもかかわらず、次の世代まで謝らせるわけにはいかないとし、「おこらなかったこと」にしてしまっていると言われています。
 戦後80年、そろそろ今の日本政府も、まず沖縄の米軍基地の管理権を日本に返却させる交渉を始めるべきではないでしょうか。ドイツ・イタリア・フィリピンの戦後の歩みに学び、独立国としての体制を整えるべきだと思うのですが。

 日本がアジアの一員として存在し続けるためには、大陸や朝鮮半島の国々と協力関係を築き、アジアにおける集団安全保障の枠組みをいかに作っていくかという議論をする時期にきているのではないでしょうか。憲法第9条は、こうした信頼関係を結ぶ上で、軍事力強化によってではなく、安心の供与という点から、重要なものだと思われます。
 百年以上にわたり悲惨な戦争を繰り返してきたドイツとフランスが、今後軍事的に衝突を繰り返すと考える人はほとんどいないでしょう。1963年に締結されたエリゼ条約締結50周年(2013年1月)にあたり、駐日独仏大使が連名で発表した寄稿文(朝日新聞2013年1月13日付)で、「対立がもたらす代償がいかに大きく、和解から得られる利点がいかに大きいかを、歴史の教訓から知った」として、今後の平和的独仏関係を確認しています。

註)今月号の「清風」紙の「今月の掲示板」に紹介されている「運命の花びら」
 (森村誠一)、また先月号・今月号の「守綱寺カレンダー」“本堂に座って”に
  掲載されている平川宗信氏の文章も、ぜひお読みください。

  

Posted by 守綱寺 at 11:30Comments(0)清風

2024年10月23日

お庫裡から 2024年9月


暑い暑いと言い暮らしているのに、ふっと見上げた空には羊雲が。ああ、確実に季節は移ろっていると知らされる。
お盆の帰省を楽しみに待っていた東京の孫達(小2のの葉、年長さち)。やっと顔を合わせても、そうおばあちゃん、おばあちゃんと寄ってこない。我が家には私より若くて元気なお兄ちゃん(誓)お姉ちゃん(在)がいる。2人もよく小さい子の面倒を見て微笑ましい。
それもつかの間、この帰省に合わせて父方の高齢のひいおばあちゃんに会わせておきたいと、わずか2日でそそくさとそちらに向かった。
ちょっとずれて開くんも帰省。「ロボコン見たよ」「ちゃんと食事は取ってる?」もう後は何を喋っていいのかわからない。なのに誓くんとはずーっと喋りっぱなし。よく会話の種の尽きぬものだと感心する。会話の中身はわからなくとも、兄弟が仲良くしているのは見ていてうれしい。
お盆が過ぎたら、彼もさっさと東京に帰ってしまった。
お盆の前は、東京のあの子たちが帰ってきたらと、心積もりというか備えというかあれこれ考えていたのに、何もしてやれないうちに、みんな「お母さん無理しないでね」「熱中症に気をつけてね」等、労りの言葉を残して帰っていった。
もう私は子や孫に何かをしてやれることはないのだ。高齢者の私は、以後、私を生き切ることに徹しなければならない。「御教えのままに生きるものこそいのちの運命のいたずらに打ち勝つ者である(九条武子)」御教えのままとは、私の前にやって来たご縁の出来事を受け止め、そこをどう生きるかと問われることだといただきます。
今朝もまた覚めて目が見え手も動く、ああありがたし、今日のいのちよ。(平沢 興)
高齢者になっても学ばねばならぬもの、磨かねばならぬもののあるのはありがたいことだ。南無阿弥陀仏。

  

Posted by 守綱寺 at 11:29Comments(0)お庫裡から

2024年10月23日

今月の掲示板 2024年9月


寝ている人の目を覚ますのは易しいが
目を開けて寝ている人の目を覚ますのは
難しい(物種吉兵衛)

忘れてならないのは
いついかなる時も
なぜ心は喜んでいるのか
悲しんでいるのか
怒っているのかということを
考え続けることだ(森村誠一)

自分の観察者、考察者たる
自分を育てておくのだ(森村誠一)

食べものはめぐっている
人間は
その一部に過ぎないという
自覚が必要だ(絶筆 野坂昭如より)

嘘は
百年かけて固めましても
嘘です(平野 修)

利潤穢土(浅田正作)
人間が利潤を追いすぎ
自然のバランスを崩すとき
地には害おおく
山に災おこるという
はてしもなく利潤を追えば
いつかここは 穢土

特定秘密保護法の成立
国益を守るために必要だというこの法
国益とはいったい何なのか
少なくとも国民の側に立っての
益でないことははっきりしている
(2013.12だまし庵日記 野坂昭如)

「政治を信用している人なんていないよ。
政治権力は常に不信の上に成立している。」
「だから政治に無関心になるのかな。
しかし、全国民が無関心になったら怖いね。
ふっと気づいた。
ヒットラーやスターリンに支配されているのと
何ら変わらない。」
「政治はいつも疑惑と警戒の目で
監視している必要があるな。」
(「運命の花びら」森村誠一著より)

  

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2024年10月23日

本堂に座って 2024年9月


 今月も先月に引き続き平川宗信先生の講演録を紹介します。今回は、日本の現状から軍拡、有事の際の対応についてのお話です。

<今の日本は「新しい戦前」>
 このような本願の願い、憲法の理念・条規から見ていきますと、今の日本の現状は、非常に危うい、危機的な状況にあるように思えます。私は、現状に極めて強い危機感を持っています。最近、「新しい戦前」という言葉があちこちで聞かれるようになってきています。今の日本は、戦争準備が進んで、足早に戦争に向かっている。私は、そんな思いがしてなりません。
 本願も憲法九条も非戦・非武装を願っていますが、それとは真逆の動きが、現在、急速に進められていると言っていいと思います。その意味で、日本はアメリカと一体になって軍事大国、戦争をする国へと向かっていると思えてならないのです。
 しかし世論調査を見ますと、かなりの国民がこれを容認しているように見えます。それはなぜかと考えますと、おそらく一つには「台湾有事は日本有事」と言われて、そこに危機感を感じているということがあると思います。そして、もう一つには、ウクライナ戦争を見て、強力な軍事力を持たないと外国に侵攻される、軍備は強化しなければならないという意識が、国民の間にかなり広まってきていることがあるのではないかと思います。

<安全保障のジレンマ>
 平和学では、「安全保障のジレンマ」ということが言われます。どういうことかと言いますと、ある国が他国 ―「仮想敵国」ですね ― を念頭に軍備を増強したとします。そうすると、相手の国もそれを見て、「向こうは軍備を増強した。このままでは自分たちが負けてしまう」と、軍備を増強します。そうすると、こちらの国も、「向こうはまた軍備を増強している、こちらも」と、さらに軍備を増強し、軍拡競争になっていきます。それでは軍拡競争が無限にできるかと言えば、そんなことはないわけです。兵士にできる人員にも財政にも限界がありますから、無限に軍備を増強していけば、国は破綻してしまいます。そして、両方の国が軍備を拡大していけば、双方の軍隊が交錯して接触する機会が増えて、偶発的な軍事衝突が起きて戦争になる可能性が大きくなります。軍事力で平和を維持しようとすると、軍拡競争になって国が破綻するか、さもなければ軍事衝突によって戦争に発展するか。いわば、二つの落とし穴に落ちていくことになります。これが「安全保障のジレンマ」です。
 軍事力によって国を守ろう、平和を維持しようとしても、うまくはいきません。これが最近の平和学の知見です。その意味で、日本が軍備増強、軍拡によって平和を維持しようと考えるのは、危険だと思います。特に、中国と軍拡競争をやるのは無謀だと思っています。私は、日本という国は、もともと戦争ができるような国ではないと思っています。兵器も資源も燃料も食料も、すべて輸入に頼っている国です。自給できないわけです。もし戦争になって海上輸送が途絶えてしまえば、日本は干上がってしまいます。まず真っ先に食料がなくなってしまいます。「腹が減っては戦はできない」のでありまして、日本は戦争ができない国なのです。
 それに、そもそも戦時に軍隊は国民・住民を守りません。これは沖縄戦で沖縄の人たちが嫌というほど思い知らされたことです。軍隊がいれば攻撃対象になるだけであって、軍隊は住民を守ってはくれないというのが、沖縄戦の教訓です。法律上も、自衛隊は「住民を守る、国民を守る」とはされていません。自衛隊の任務を定めた自衛隊法第三条には、「我が国を防衛すること」が「主たる任務」として書かれていて、国民・住民を守ることは任務として書かれていません。国を守ることが、自衛隊の任務なのです。
 では有事の際、住民、国民を守るのはいったい誰なのか。これは有事法制によって、自治体の責務とされています。有事の際に住民を守る責任を負っているのは、自治体です。しかし有事の際、ミサイルが飛んできたり砲弾が飛んできたりしている中で、自治体が住民を守れるか、保護できるかといえば、できるはずがないと思います。有事になったら、住民の逃げ場はない。私はそのように思っています。
(『真宗』2024年6月号 東本願寺出版発行
念仏者の「非戦・非武装」に立つ平和運動 より引用しました)

  

Posted by 守綱寺 at 11:27Comments(0)本堂に座って

2024年10月23日

今日も快晴!? 2024年9月


 お寺友達から、『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』(しんめいP著。鎌田東二監修。サンクチュアリ出版)という本を紹介されました。著者のしんめいPさんのプロフィール、「東大を卒業して大手IT企業に就職するも、仕事が出来なくて退職。鹿児島県にある島に移住して教育事業をするも、人間関係が上手くいかず退職。一発逆転を狙って芸人としてR-1グランプリ優勝を目指すも、一回戦敗退。結婚、離婚を経て無職になり、実家で引きこもっていたとき、東洋哲学に出会う」という部分を読んだだけで(何それ!気になる!)と思いましたが、ブッダから始まり、インドから中国、日本と伝わってきた仏教界の著名な方とその思想を紹介する「哲学エッセイ」は、軽く面白く分かりやすく、浄土真宗の教えを開かれた親鸞聖人については次のように紹介されています(前半部分のみ一部抜粋)。
「仏教の哲学は、インド→中国→日本に伝わった。そして、日本で破壊的な進化を遂げたのだ。どれくらい破壊的に変化したか?クラシック音楽がヒップホップになるくらい。ブッダもびっくり超進化なのだ。親鸞を紹介する。800年くらい前の、平安の人だ。クラシック仏教をヒップホップにしてしまった人物である。どういうことか?仏教にはたくさんの「宗派」がある。「空」という目的地を目指すうえで、色んな交通手段がある。この交通手段の違いが「宗派」と思って貰えば良い。親鸞は「浄土真宗」を作った。浄土真宗では、どうやって「空」の境地に行くのか?徒歩か?電車か?飛行機か?実は、そんなレベルじゃない。「空」の方がこっちに来る。逆にね。いや、そんなことある?親鸞の哲学は、最高にとがっているのだ。」・・・「実は、親鸞はエリートだった。そもそも、当時、お坊さんはエリートなのだ。・・・天皇も仏教を守っていた。権力もすごかった。親鸞は、そんな仏教界の頂点、「比叡山」にいた。・・・しかし、親鸞にはたえられないことがあった。当時の比叡山は腐っていたのだ。・・・比叡山は、政治権力と完全にべったりだった。お坊さんたちが、金とポストの争いにあけくれていた。誰も真面目に仏教をやっていない。そして、比叡山の外では人々が地獄のように苦しんでいた。親鸞のいた平安末期の京都は、日本の歴史上最悪の時代である。なんと、戦争、感染症、大飢餓、大地震、大火事、みんな起きた。この世の地獄のフルコースである。」「親鸞は悩んだ。まさにこの世の地獄で人々が苦しんでいる。でも、自分はエリートでぬくぬく生きている。仏教って、人を救うためにあるんじゃないのか?親鸞は純粋だったので、この矛盾にたえられなかった。そして決断した。比叡山を下りる。エリート街道を捨てて、まちで、仏教の力で人々を救うんや。」・・・「親鸞は、比叡山で20年間めちゃくちゃ勉強して、めちゃくちゃ修行していた。自分なら、人のために出来ることはあるはず、と思っていた。しかし、現実は甘くなかった。・・・とにかくみんなメシが欲しい。座禅や瞑想なんて「意識高い系」過ぎて、受け入れられるはずが無かった。親鸞は、自分の無力さに絶望した。・・・悩みに悩んだ絶望の先に、希望の光を見出した。仏教をひっくり返すような大逆転の哲学にたどりつく。それが「他力」の哲学なのだ。」
 昔日本史の教科書で習って一覧表にして必死に憶えた「宗派・・・浄土真宗。開祖・・・親鸞。主要著書・・・教行信証。中心寺院・・・本願寺」よりは、ぐっと身近に感じられる気がします。

  

Posted by 守綱寺 at 11:27Comments(0)今日も快晴!?

2024年10月23日

清風 2024年8月


何か大きな空虚が日本人の思想の根底に有るのじゃないだろうか。(略)
一言でいえば生きるということの根本感覚が喪失し、
手段で困憊しているのだと思います。

「技術時代と思想」森 有正 談                 
『朝日ジャーナル』1966年12月11日号より 
(「清風」2024年7月号参照)


 2023年11月号の「清風」1面で、鈴木大拙師の『日本の霊性化』より下記を紹介しました。
 ところが、不思議な因縁で、われらは今日何といっても、この霊性的なるものをしっかりと掴まなくてはならぬようになってきたわけなんであります。それは日本の敗北です。日本軍の無条件降伏です。いまや日本は武器というものをすべて捨てなくてはならぬことになった。独立の国家というところから見ると防御の羽翼も爪牙もみな剥ぎとられて誠にみじめな存在である、あるいは存在でないともいわれましょう。しかし、こうならないと、すなわち真裸にならないと、中核の霊性は露出してこないのです。人間の真実は真裸になって初めて見え出すのです。武器がないのはかえっておおいに喜ぶべきことだと思います。
    『日本の霊性化』第一講(1946年6月大谷大学での講演より)
                          岩波版全集第8巻所収
 8月といえば「1945年8月15日」でしょう。あれからおよそ80年経ったのですが、やはり大切な日なのではないでしょうか。「生きることの根本感覚を喪失し生きるための手段で困憊している」と指摘されていることが、あらためて思い起こされてくるからです。
 ドイツのメルケル前首相が日本に来られたことがありました。安倍さんが首相の頃で、安倍首相に会われた時に「日本はアジアに友好国がありますか」という問いかけをされたそうです。かつてナチスドイツは第二次世界大戦において、ゲルマン民族第一主義を掲げてユダヤ民族の絶滅作戦を展開、ポーランドなどにユダヤ民族の強制収容所を設置、ガス室を設け、収用されたユダヤ人を虐殺しました。ナチス政府によって大学教授名簿から除名されたフッサールは、1935年(76歳)の講演で「あれほど多くの惨禍は、あれほど多くの美徳なくしては起こり得なかったかもしれぬ。あのように僅かの間に、あれ程の人を殺し、あれ程の富を散らし、あれ程の多くの町を壊滅せしめるには勿論非常な知識を必要とした」と語っています。
 ドイツは戦後、隣国のポーランド・フランスと共同して歴史の教科書を作成するなどして、両国民の共通の歴史認識を持つことを行い、戦後のヨーロッパの秩序(EU)を作る方向を担ってきたと言われており、現在もドイツは、ポーランド・フランス両国の戦死者追弔会に大統領を派遣し哀悼の礼を尽くしていると、メルケルさんは述べられています。
 日本は戦後(1945年以降)、アジアの各国が朝鮮戦争・ベトナム戦争などのように、各国それぞれが戦後処理等の段階を迎えて国内の平穏化をはからねばならなかったため、外交問題に力を尽くすことができない状況を迎えていました。

 さて、21世紀を迎え、日本国憲法の「第9条」は世界の将来に、まずアジアの未来に、実に大きな仕事というか展望を与えるものだと言われています。
 日本がアジアの一員として存在し続けるためには、大陸や朝鮮半島の国々と協力関係を築き、アジアにおける集団安全保障の枠組みをいかに作っていくかというテーマを議論する時期に来ているように思われます。アジアでは、経済問題のみならず、エネルギー問題、環境問題、自然災害対策など、私たちの生存に必要な課題が山ほどあります。こうした我々の生存や生活を脅かすあらゆる脅威からの安全を確保するために必要なのは、アジア各国との信頼関係・協力関係の構築であり、軍事力強化ではないのでしょう。他国の軍拡路線に惑わされて、日本が抑止力の名の下に軍拡を目指すことは、安心の供与という日本の基本的な安全保障の軸がぶれることを意味し、それは日本のみならず、アジア、ひいては世界の安全保障に大きなダメージを与えることになるでしょう。
『9条の挑戦 非軍事中立戦略のリアリズム』伊藤 真・神原 元・布施祐仁 著
2018年 大月書店発行 P33より

 今、日本は憲法第9条(戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認)を持つ意味を、あらためて問われていると言えます。「敗戦は廃戦である」とは、日本が第二次世界大戦でアジアにおいて行った戦いで、軍人及び民間人の戦死者がどれだけか、それさえはっきりとはしていないと言われているから、と言えます。
 中国・朝鮮・日本の3カ国で共通の認識を持つための教科書、例えば第二次世界大戦の期間の歴史教科書などを作成する、という作業をすべきなのでしょう。

  

Posted by 守綱寺 at 11:25Comments(0)清風

2024年10月23日

お庫裡から 2024年8月


7月15日、我が家はテレビを観忘れてはいけない日でした。NHKの学生ロボットコンテストが放映され、孫の開くんが映っていると思われたからです。孫がテレビに映るとならば、観ない訳にはいきません。
このロボコンは、まず全国応募があり、ビデオ審査を2度通過した18校が大会に出場できます。開くんの早稲田もその中に入りました。18校は3校ずつ6組に分かれ予選を戦います。
開くんはピットクルーの一員として出場しています。予選の初戦は慶応です。早慶戦らしく盛り上がり、初戦突破。しかし次の京都工芸繊維大学に敗れ、あわやここまでと思われましたが、ワイルドカード(敗者復活)の2校に選ばれ、本選を戦えることに。早稲田のロボット操作は女の子です。ここまでくると、対戦より開くんが映ることに関心が向きます。
「いい、開くんは白いズボンをはいているからね」「白いズボンの子探してね」「あ!ズボン白い」「あー、もう消えた」「あ、開くんだ」「うーん、もうちょっとカメラが止まっていてくれたらいいのに」「あ、映った、映った」一生懸命画面を見つめますが、カメラはロボットを操作する女の子にスポットを当て、家族が期待するほど開くんをカメラはつかまえてはくれません。家中で大騒ぎをする中、早稲田は見事敗退し、開くんの挑戦は終わりました。
開くんは中学に入った時、ロボット部に入りました。高校では、文系と思っていた彼は理系を選び、ロボットにこだわり理工学部を選びました。大学ではロボコンサークルに入り、ここまで戦えるチームを作ったのは立派です。インタビューを受けた操作した女の子が「このチームはみんなとても仲がいいのです」と言っていました。彼はとてもいい仲間に恵まれているのでしょう。私たちも大いに楽しませてもらいました。
春休みもゴールデンウィークも返上してロボコンに打ち込んできた彼は、夏休みは帰省してくれるでしょうか。楽しみに待っています。

  

Posted by 守綱寺 at 11:25Comments(0)お庫裡から

2024年10月23日

今月の掲示板 2024年8月


生きるとは迷惑を掛けることです
それが人との繋がりを保つのです
何でも一人でできたら
一人ぼっちになってしまう(小五の女の子)

私たちは自分を大切にしているか
自分を大切にするとは
必ず他者との関係の中で
自分は生きているという視点です(暉峻淑子)

自分がわからない人は 他人を責める
自己がわかった人は 他人を痛む(安田理深)

「私は愚かである」と認められる者こそ
賢者である
逆に「自分は賢者である」と思っている者こそ
愚者と呼ぶにふさわしい(釈尊)

大きくなったら何になりたい?
大きくなっても何にもならないよ
僕は僕になるんだ(5才の男の子)

食わねば 死ぬ
では食えば死なぬか
そして食えば 生きたことになるのか

ついに行く道とはかねて聞きしかど
昨日今日とは思わざりしを(古今和歌集)

今朝もまた 覚めて目も見え 手も動く
あなありがたし 今日のいのちよ(平沢 興)

  

Posted by 守綱寺 at 11:24Comments(0)今月の掲示板

2024年10月23日

本堂に座って 2024年8月


 本山・東本願寺から毎月発行されている『真宗』誌2024年6月号に、4月2日に勤められた全戦没者追弔法会において平川宗信先生が話された講演録が掲載されました。平川先生は以前から「憲法と真宗」についてお話をされていましたが、特に「日本国憲法と阿弥陀仏の本願」の関わりについて話してくださっています。お話の概要を、今月から数回にわたって紹介します。

 

<無三悪趣の願>

 平和運動との関係で、本願は何を願っているのか。四十八願の第一願「無三悪趣の願」は、「地獄・餓鬼・畜生のない世界をつくる」という願です。これが阿弥陀さまの第一願、最初に置かれている願です。現代社会において「地獄・餓鬼・畜生」とはいったい何だろうかと考えますと、例えば、暴力・戦争などは「地獄」である。飢餓・欠乏・貧困、また貪欲などは「餓鬼」である。そして抑圧・隷従・差別などは「畜生」である。このように読み解くことができると思います。そして、この願いが成就した世界が『仏説無量寿経』に説かれた「国豊民安 兵戈無用」の世界です。国が豊かで民が安穏であり、兵隊も武器もない世界。そのように説かれています。その意味で本願は、暴力や戦争や軍事力がなく、飢餓や貧困や搾取もなく、そして抑圧や隷従や差別もない世界。そういう世界を願っていると言っていいだろうと思います。

 最近「平和学」という学問が形成されつつありますが、そこでは、戦争や暴力のない状態を「消極的平和」と言います。そして、貧困や抑圧や差別がない状態を「積極的平和」と言います。さらに、戦争や暴力や抑圧や差別を正当化したり、助長したりする宗教・思想・芸術などがない状態を「文化的平和」と言います。単に暴力や戦争がないというのは、消極的な平和にすぎないのだと。それに加えて、貧困や抑圧や差別がない積極的平和、そして戦争や暴力や抑圧や差別を正当化・助長するような文化がない文化的平和があって、初めて本当の意味での平和が実現するのだと。最近の平和学では、そのように言われています。真宗が願っている平和、日本国憲法が願っている平和も、まさにそういうものではないかと思います。それを追求するのが、いわば真宗の平和主義であり、日本国憲法の広い意味での平和主義だと言うことができるのではないかと思うのです。ですから、念仏者の平和運動は、その願いを持って、そのような世界、国を実現していこうという運動ではないかと思います。いわば、日々の生活、日々の行動の中で、そのような願いを実現することにつながる行いを積み重ねていく。たとえ小さなことでもいい、ささやかなことであってもいいけれども、その願いに適うような行いを日々積み重ねていく。私は、それが大事なことではないかと思います。

 

<日本国憲法は「本願国家宣言」>

 このような所に立って見ますと、現在の日本国憲法は、高く評価できる憲法ではないかと思います。日本国憲法は前文で、国際協調によって平和を維持していくと宣言し、地上から専制・隷従・圧迫・偏狭・恐怖・欠乏をなくすと誓約しています。その上で、第九条で戦争を放棄し、戦力の不保持と交戦権の否認を定めています。これは、戦争や軍事力のない世界、地獄・餓鬼・畜生のない世界を願っている本願と、まさに重なっています。それで私は「日本国憲法は本願国家宣言である」と言ってきているのです。

 問題は、私たちが本願の願いである「地獄・餓鬼・畜生のない、豊かで安穏な非戦・非武装の世界」、憲法が求める「専制・隷従・圧迫・偏狭・恐怖・欠乏のない非戦・非武装の世界」を実現するために努力してきたのかということだと思います。私たちは念仏者として、真摯に平和活動・平和運動をしてきたのか。そのことが、今まさに私たちに問われているのではないかと思います。私たちの中にも「地獄・餓鬼・畜生」があります。暴力的なもの、貪欲なもの、差別的なものをいっぱい抱え込んでいます。けれども、それに流されるのではなく、それを脇に置いて本願に聞いて、本願に生きる生き方をしていく。そのための小さな行いを日々重ねていく。それが念仏者であろうと思います。それが、今私たちに願われていることではないかと思うのです。

(『真宗』2024年6月号 東本願寺出版発行

念仏者の「非戦・非武装」に立つ平和運動 より引用しました)


  

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2024年10月23日

今日も快晴!? 2024年8月


 お寺で絵本の読み聞かせ会や育児サークルを開催しているので、子育て真っ最中のお母さん達とお喋りする機会があります。
同じ子育て中の母親とはいえ、当然ながら年齢はかなり違いますが、お寺によく足を運んでくれるお母さん達は、「乳幼児期のこの時期に、子どもとしっかり向き合うのが大切」と考えている方が多いので、大抵の方とは同じ感覚で子育ての話が出来るのがありがたいです。
 色々お喋りする中で、よく話題になるのは「子ども園選び」についてです。
今は選択肢も増え、近くの園にこだわらず、魅力的な活動をしている園やお稽古事をさせてくれる園、お庭が魅力的な園やバス送迎のある園など、色々情報を吟味し、「これは」と思える園を選ぶ人が増えています。
選択肢が多いのは良いことかも知れませんが、選択肢が多すぎて逆に悩んでしまう様子も見受けられます。皆さんとても真面目で、「子どもにとって一番良い園はどこだろうか?」と、真剣に悩まれます。
 私は、「お子さん達をどこの園に入れたのか。またそれは何故か」と質問されると、返事に窮してしまいます。
なぜなら、実は園について「あまり深く考えていなかった。さほど重要だとは思っていなかった」というのが本音だからです。
送迎等で自分の時間を取られたくなかったので、基準は「子どもと手を繋いで歩いて行けるところ」の一点のみ。迷うことも悩むこともありませんでした。
「園よりも、うちでやっている読み聞かせ会や育児サークルの方がずっと楽しいから、子どもを園に行かせるのが惜しい。なんなら、園なんて行かなくても良いや。義務教育じゃ無いんだし。」というくらいに考えていたのです。
 当時、児童精神科医の佐々木正美先生の著書『子どもへのまなざし』を愛読していましたが、佐々木先生は「人格を建築物に例える」として、「良い建築物になるか、不安定な建築物になるかは土台で決まる」、「人格形成は生きている限り続きますが、その土台になるのは3歳くらい、幼稚園に通うよりもっと以前の段階になりますね。つまり、土台を作る上で大切なのは、家庭ということになります。幼稚園や保育園、小学校が教えてくれることは、家庭ほどの「個別性」はありません」、「保育園や幼稚園は、家庭で作った土台の上に、ゆっくり柱を立て、床を張ってくれるところと考えて下さい」と書かれていました。それなので「子どものためにどこが一番良い園なのか」と、悩みすぎることは無いと思っています。お母さんが「自分がいつも家庭で笑顔で子どもと接するためと、自分がこうしたいと思う家庭生活を無理なく続ける上で、一番良い園はどこか?」と、お母さんファーストで決めて良いのではと思います。
 佐々木先生は「床や壁など、あとから手を加えた物はいくらでもやり直しがききます。いくらでもやり直しがきく部分は大学で、高校、中学、小学校とさかのぼっていくと、やり直しはしにくくなります」、「自分の子どもだけがうまく育つ、などということはありません。周囲の仲間と共に育ち合うものだからです」と言われます。
やり直しのしにくい乳幼児期の子育てを、「大切だから頑張らないと」と、お母さんが一人で抱え込んでしまわなくても良いように、お寺の絵本の会に足を運んで貰えたらと思います。子育てが一段落したお節介おばちゃんが、現役ママたちと共に支え合い、育ち合いたいとお待ちしています。