2022年10月11日
今日も快晴!? 2022年9月
友人からの紹介で『「学校」を作り直す』(苫野一徳 河出新書)という本を読みました。
本の帯に書かれていた以下の言葉を読んだだけで、(これは読みたいなぁ)とうずうずしました。
「義務教育はこのままでいいのか?」小1プロブレム、「スタンダード」の流行、学力別クラス、無言給食、無言清掃、いじめ、体罰、学力向上至上主義…。
みんな一緒、みんな同じの、150年変わらないこの国のシステムは、本気で変えなくてはならない。
数多の“現場”に携わる教育学者による渾身の提言!学校をこう変える!
①「学びをもっと遊び(探求)に」 受け身のガマンではなく、能動的忍耐力を。
「言われたことを言われた通りに」から「自分なりの問いを立て、自分なりの答えを見つけ出す」へ。
教師は共同探求者。
②「みんな一緒」をやめる。時間割もテストも一人一人別々に。
人の力を借りながら、人に力を借しながら。こどもたちに“学校作りのオーナーシップ”を。
私の周りでも、学校と距離を取るお子さんが増えている印象があります。
原因は様々ですが、単純な「いじめ」などではない場合も多く、もっと根本的な学校のシステムの問題である、と考えるこの本の姿勢は、とても共感できました。
この本では、第2章「先生もつらい」の中で、「授業のスタンダード化」ということに触れています。
「みんなで同じことを、同じペースで、同じやり方で」という学校の慣習化されたシステムは、先生たちもまたひどく縛り付けていると言います。
こどもたちに「みんなで同じことを、同じペースで、同じようなやり方で」を要求する以上、先生たちもまた、個性を活かした授業や学級経営をやってもらっては困ります。
だから多くの自治体や学校では、先生の裁量がひどく制限され、文字通り「言われたことを、言われた通りにやるしかない」状況が続いています。
(なるほど、そうだったのか…)と思い当たることがありました。
小学校の時、我が家の子どもたちを担任して下さった先生の中に、毎日のように学級通信を出して下さる先生がいらっしゃいました。
普段は目にすることの出来ない子どもたちの学校やクラスでの様子がよく分かり、保護者の間では好評だったのですが、ある年から通信の発行数がガクンと減ってしまいました。
学校に足を運ぶ機会があったときに、「先生、もう通信は作られないんですか?皆楽しみにしていたんですよ。」とお声かけすると、先生は暗い顔で「実は…通信をあまり出さない隣のクラスの先生と差が出るから、毎日のように出してはいけないと上から…。」と、信じられない言葉が聞かれました。
自分の時間を割いて通信を出して下さる熱心な先生のやる気を損ない、「やらない方のやり方に揃えなさい」と言われた先生の悔しさを思うと、当時の校長先生を恨むような気持ちにもなりましたが、校長先生の問題ではなく、仕組みの問題だったのです。
この本では、 「(先生や)誰かを非難したいわけではなく、システムを変えたいのです。
先生がこどもたちを過度に統率する必要の無い、温かい信頼と承認に満ちた学校教育のシステムへ」 と書かれています。
そんな風に変化して行く学校を見てみたいと思いました。
Posted by 守綱寺 at 14:27│Comments(0)
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