2024年07月08日

清風 2024年7月

清風 2024年7月

実るほど
頭を垂れる稲穂かな

実ると頭を垂れる稲穂のように、人間も青年・壮年・老年と歩みを
進める中で、その人柄が謙虚になる(成熟する)ことに例えられる。


先月号の巻頭では「人間(私)は 与えられているから 悩む」という言葉を挙げ、水木しげるさん(漫画家:ゲゲゲの鬼太郎の作者)のエピソードと短歌「論の沸く 後期高齢 めでたけれ 52歳の 亡夫は老いえず」を紹介して、「人生に花開く」とはどういうことなのかを考える一助にしたことでした。

  <脈はく>
 一分間に六十五 キチンキチンと 休まず止まらず 打ち続けて六十余年
 あと何年か何日か 眠っておっても愚痴っておっても 休まず止まらず
宇野正一(岡崎出身 詩人)『樹に聞く花に聞く』より

 私たちはこの脈はくを感じておるのでしょうか。「眠っておっても愚痴っておっても」我々は寝ておっても明日目が覚めるのは、脈はくが眠らずに打っておってくれるからでございましょう。「一分間に六十五 キチンキチンと休まず止まらず 打ち続けて六十余年 あとは何年か何日か」それはわかりません。いずれは止まります。生まれたということがあれば、いずれは死なねばならないからとまります。
 その間ただの一分間も休まない脈はくが、三分間停滞したら私たちの脳のはたらきは停止します。たとえその後生きておりましても、植物人間になってしまうのです。だから今日までしゃべることも出来れば、足を運んでここまで来れることのできたのは、ただの三分間脳へ新しい酸素を送られることが、休むことがなかったという事実を、我々に明らかにしているんです。その事を私たちは気付いているのでしょうか。眠っていても、愚痴っておっても休まず止まらず、そういう脈はくのはたらきによって、私たちは生かされて生きているのでしょう。
(『如来に遇う』松扉哲雄 桑名別院発行 平成元年刊より)

 今月も、もう少しその視点から考えてみたいと思い、論を進めていきます。
 さて、同じく先月号の「今月の掲示板」で、次の言葉を紹介しています。

    この世界には 最初から 生まれて来て 良かった存在も
    生まれて来なければ良かった存在も ないんだ

 そうです。気がついた時には生まれており、ここまで育てていただいてきたわけです。この両親の元に生まれようとして生まれてきたわけではありません。これは親からしてもそうですが、今では「親ガチャ・子ガチャ」という言葉にもなっているように、親は子を選べず、子も親を選べない、ということです。
 しかし医学の進歩というかAI(人工知能)等の成果によって、人工授精による妊娠も可能となったのですが、やはり生まれて初めて、そして育ってみないと、結局のところは「親ガチャ・子ガチャ」で、どうなるかはわからないのです。

 現代の私たちが一番見過ごしている問題提起だと思い、今あらためて次の言葉を紹介する次第です。
 私は十数年ぶりでヨーロッパから戻ってきたのですけれども、日がたつにつれて、これは多少異った表現を用いて、皆さん表現しておられるけれども、何か大きな空虚が日本人の思想の根底にあるのじゃないだろうか、ということが、だんだん明らかになってきたわけです。     (対談冒頭の言葉)

 結論的には、現代の日本の文化がかなり特別な症状をしているということで、私は、一言でいえば、生きるということの根本感覚が喪失し、生きるための手段で困憊しているのだと思います。ここで、一度すぐ目に見える有効なものをはなれて生活するということの根本にたちかえり、その点からすべてを見直すということはどうしても必要です。(対談文末の言葉)
「技術時代と思想」(『朝日ジャーナル』1966年12月11日号)

       森 有正 1953年デカルト研究のため渡仏、以来パリ定住。
            1966年9月に帰国し、11月ふたたびパリに戻った。
            上記は武田泰淳(作家)との対談から。

   註)『朝日ジャーナル』は1959年3月15日から発行、1992年5月に休刊。
     1993年に主な連載を掲載し、『朝日ジャーナルの時代』として刊行された。
     この対談も、1993年刊の『朝日ジャーナルの時代』に依る。

 「生きるということの根本感覚が喪失し、生きるための手段で困憊している」という指摘について、引き続き考察したいと思っています。

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Posted by 守綱寺 at 13:45│Comments(0)清風
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