2022年10月11日
今月の掲示板 2022年9月
「仏教の救い」は
私の主人公は
私の都合だったと
知らされていくこと
私の主人は私の都合
だから私の幸せとは
私の都合のいいことになること
たったそれだけのことを知るために
生きているのか?
「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」
と親鸞聖人も仰っている
仏が罰をあてるのではない
私が勝手に当たっているのだ
8月15日は、たんに<敗戦記念日>ではない。
それなら勝ち負けというモノサシにすぎない。
これまでの戦争で亡くなった軍人・市民が
敗戦記念日ではなく<終戦記念日・廃戦記念日>にしてほしい
憲法第9条を護り保ってほしいと訴えている
布を織る 浅田正作
私はひとりの老職人
かの土をたて糸に
娑婆をよこ糸に
ふしぎな布を織っている
煩悩大道
ふと暗くなり
また日がさす
この道を
ただ
いそがず やすまず りきまず
無眼無耳人
どんな人間にも
仏の五劫思惟の願いが
こめられている
ただ 私たちは
それに 気づかない
終わりから
始まりがあれば
終わりあり
この終わりから
また
第一歩がはじまる
Posted by 守綱寺 at 14:28│Comments(0)
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