2018年02月07日
清風 2018年1月
誇るべき 日本の戦後。
戦争せず、一人も殺さないで来たことに。YES。
ただし、沖縄の普天間基地移転や相次ぐ米軍の不祥事にも、沖縄の基地負担について、軽減交渉が何等進まない日米地位協定の見直しが出来ない現状を除けば。
過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります。
ヴァイツゼッカー元西独大統領
「いのちは尊い」とは、一体どういうことを指すのだろう。
戦争は、当然、殺し殺される、殺し合いである。
他ならぬ、この日本の国が、戦争の出来る国にする準備がされている。
10月の解散総選挙では、政府と、与党である自民党と公明党は、「解散総選挙の理由付けとして、国難突破解散」と名付けていた。
外交の努力が出来ない、するつもりも無い、武力でもって言うことを聞かせるだけなら、外務省という役所は全く機能していないということである。
どうして我が国は、そんな知恵も方針も持てない国になってしまったのだろう。
みんなで考えよう。
いのちは 何故 尊いのか。
そして、現行憲法を、特にその前文と第9条及び第99条を読んでみたいものだ。
Posted by 守綱寺 at 15:54│Comments(0)
│清風